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『幽霊彼氏』と「ふつう」

コミックDAYSに『幽霊彼氏』という漫画が連載されている。本作を通して「ふつう」という考え方の危うさについて書いていく。

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あらすじ

一緒に暮らしているのに会えない2人――。通販会社に勤めるOL・朝里ひづき(あさりひづき)は、同棲中の彼となかなか会えない日々を過ごしている。多忙で不規則な生活を強いられている彼を想いつつ、「2人の部屋」へ帰ってくるのを待つ暮らしにも慣れてきた。ただ、不意に訪れる寂しさや空虚感は、何度味わっても馴染むことはない。 2人を繋ぐものは書き置きを記すホワイトボードと、目には見えない「想い」だけ…。気鋭の新人・おぐりイコが描く、切なくていじらしい、そして衝撃的な2人暮らし物語。
引用元:幽霊彼氏 - おぐりイコ / 第1話 私の彼氏 | コミックDAYS

登場人物

朝里ひづき

本作のヒロイン。通販会社、大栗工房に勤務している26歳のOL。有馬勤と交際・同棲しているものの生活リズムが合わず会えない日々が続いている。職場でも人気を集めており男性社員から言い寄られることもある。

有馬勤

朝里ひづきと同棲する男性。ゲーム会社に勤務している。職場環境は非常に多忙であり会社に泊まり込みになることもしばしば。

水原

朝里の同僚。朝里に好意を持っている。

単純接触効果

朝里ひづきと有馬勤の交際はすれ違いの毎日である。有馬の多忙さから2人のコミュニケーションはホワイトボードのみという状態だった。そんな2人の交際に対する周囲の評価は芳しくない。それを象徴するのは第1話にある水原の言葉だ。水原は朝里に好意を持ち、以下のような言葉で交際を迫る。

俺ならこうやって一緒にゲームできるよ。俺にしたら?
だって全然会ってないんでしょ?俺だったら生活リズムも合わせられるし仕事の後だって休日だって一緒にいられる人の方が良くない?
絶対俺の方が朝里さんのこと大事にできるって!ずっとほったらしの彼氏よりはさ。
引用元:幽霊彼氏 - おぐりイコ / 第1話 私の彼氏 | コミックDAYS

水原は定期的に対面することで親密な関係性の維持できると考えている。この発想はごくごく一般的なものなのではないかと思う。いわゆる「ふつう」の考え方だ。実際、繰り返し接触することで相手に好意を持つという研究結果も存在する。(参考:単純接触効果と無意識 - 日本感情心理学会)

しかし、水原の言葉に対して朝里は以下のように返す。

何も知らないくせに。
引用元:幽霊彼氏 - おぐりイコ / 第1話 私の彼氏 | コミックDAYS

朝里と水原の間には価値観の相違があったようだ。以降は2人の間で起こったコミュニケーションの齟齬について検討する。

人並み志向と平準化志向

そもそも水原は何故そのような発言を行ったのだろうか?これは「人並み志向」と「平準化志向」というものが関係してくると思われる。

人並み志向

平凡な普通の生き方に満足していて、わが道をゆくという姿勢には欠けた心的・行動的構え。
日常の暮らしでは、周囲と同様に振る舞うことを心掛け、自分を主張して周りから外れたり突出したりはしない。
対極には、平凡な生き方ではなく自分にしかできない生き方を求め、周囲に流されず思う通りに行動しようとする構えがある。
(引用元:人並み志向と平準化志向 - 元橋 豊秀)

平準化志向

一般的に報酬分配の面で、諸個人間に差がつくことをできるだけ避けようとする心的・行動的構え。
努力に応じた報酬差も認めず、可能な限り結果の平等を達成しようとする。対極には、能力や努力に応じた報酬差をあるべきものとして積極的に評価し、競争の場で個人が卓越し合うことを認めようとする構えがある。
(引用元:人並み志向と平準化志向 - 元橋 豊秀)

水原は上記の朝里に対する言葉から人並み志向の高い人物と言える。そして彼は朝里に自分との交際を提案した。朝里が人並みの交際をしていないことを不幸と捉えたからだ。彼に悪気はない。しかし朝里はその提案を受け入れることはなかった。

「ふつう」と親密さ

次にそもそも朝里は水原の言うような「ふつう」の交際を望んでいるのか?という点についてである。「ふつう」が求められるのは相手との親密さに依存するという研究結果が見られる。

自らの「ふつう」さが意味をもつ関係はある程度相互作用のある関係であり,近すぎる関係以外の間柄であることが示唆された.すなわち,既に関係が確立されている非常に親しい間柄ではなく,関係の維持に敏感でいなくてはならない間柄において「ふつう」であることが安心感をもたらすことが示唆された.
(引用元:「ふつう」であることの安心感(1):集団内における関係性の観点から)

日本人が持つとされるみんな一緒であることを求める心理は「周囲から逸脱する不安」と関連することを示唆している.非常に親しい間柄においては,既に周囲に受容されていることが想定できるため,そうした逸脱への不安を感じることが比較的少なく,「ふつう」であるか否かがあまり意味を持たなかったと解釈できる.
(引用元:「ふつう」であることの安心感(1):集団内における関係性の観点から)

朝里と有馬の交際は大学時代からのものだ。朝里が4年制大学を卒業したと仮定すると社会人になって交際期間は少なくとも4年ほどになるので親密な関係といって良いだろう。彼女が有馬と会えないことに寂しさを感じていることは事実だが、朝里と有馬の間に「ふつう」の交際が求められているとは言い切れない。「ふつう」を求めて第三者と交際することが彼女の幸せに繋がることにはならないということである。




ここまで水原の発言の筋の悪さについて書いてきたが、「ふつう」という価値観を定型的に当てはめて結論を出すことの危うさが読み取れると思う。「ふつう」は常に多数派に位置するためそれが常に正しいものに思えるが、誰にでも当てはまるというものではない。大切なのは対話を通してを相手を理解するということだろう。

幽霊彼氏(1) (イブニングKC)

幽霊彼氏(1) (イブニングKC)